【雑記】日常で感じた機能的価値|病院編

こんにちは、あらやんです。

今回は日常の中で感じた機能的価値ということで、先日大きな病院に行く機会があったので感じたことを書いていきます。

ぜひ最後までお付き合いくださいませ。

 

究極の機能的価値

 

大きな病院に行く機会というのは、私のことではなく息子のことです。

先日息子が家の中ではしゃいで遊び回っていたところ滑って転び、テレビ台の角に頭をぶつけ、およそ3cmくらい切りました。

その時は出血があったのですがすぐ止まったので、そのまま妻と息子は買い物に行きましたが、また少し出血があるようなので小児科に行きました。

小児科の先生が言うには、おそらくそんなに大したケガではないけれど、念のため外科の先生に診てもらってくださいとのこと。

病院をハシゴし、そのまま息子を大きな病院に連れていきました。

大きな病院では外科の先生(名札には副院長の肩書が…)が対応してくれ、あっけなく処置は終わりました。

今は頭(正確にはおでこですが)を切っても縫合しなくて済むんですね。うちの息子の場合は傷口を消毒して、傷口をよせてテープでくっつけて処置終了でした。

こんな様子を見ていて、ふと思いました。病院って究極の機能的価値提供業だなぁって。

皆さんが病院(医者)に求めるものってなんですか。

なにより

病気やけがを治してくれること

ですよね。

命に直結するような病気やけがの場合、これを治してくれるって究極の機能的価値の提供だと思います。

 

こんな病院は嫌だ→情緒的価値を優先する病院

 

いまや病院も顧客を取り合う時代です。顧客の囲い込みのために、ただ病気やけがを治すだけではなく、気持ちのいい対応やアフターケアをアピールする病院もありますよね。

これはとてもいいことだと思います。皆さんも、もし同じように病気やけがを治してくれるのなら対応がいい病院の方に行きたいですよね。

ですがこれはあくまで「同じように病気を治してくれるのなら」というのが大前提です。つまり病院としての機能的価値が満たされたうえで、情緒的価値を満たしてくれる方に行きたいということです。

これは情報発信でも同じことで、以前の記事「情報発信における機能的価値」でも書いたように、まずは機能的価値がベースであり、その上に情緒的価値が積みあがっていくものなのです。

もし病院でこの価値が逆になっていたらどうでしょう。つまり機能的価値が満たされていないのに情緒的価値を満たそうとしていたら…

そんな病院絶対に行きたくないですよね(笑)

 

情報発信でも同じこと

 

繰り返しになりますが、情報発信においてもまずは機能的価値を満たすことが先です。つまりあなたが発信するテーマにおいて、役に立つコンテンツがたくさんあるということですね。

ですから最初は読者のニーズを満たせるような圧倒的な質と量のコンテンツが必要です。そのためには良質なインプットとアウトプットが必要でしたね。

病院と情報発信。片方は命に関わることですから程度の差はありますが、機能的価値が必要だということは両方とも同じです。

病院の例が分かりやすいかなと思ったので記事にしてみました。いかがでしょうか。


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